大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(あ)729号 判決 1975年10月24日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論の点についてなんら法律判断を示しているものではなく、その余は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、原判決は刑訴法四一一条一号により破棄を危れないものと認められる。

すなわち、原判決の認定したところによれば、被告人坂田は日本中国友好協会(正統)中央本部の常任理事、教宣委員長、同山本は日本国際貿易促進協会関西本部友好商社部会副委員長をしていたものであるところ、昭和四二年一一月一二日午後二時四〇分ころ、東京都大田区空港二丁目三番一号東京国際空港ターミナル・ビルディング二階国際線出発ロビーにおいて、被告人坂田の「佐藤首相訪米阻止の目的で来た人は集つて下さい。」との呼びかけに応じて集つた約三〇〇名の右両団体の関係者らは、被告人らの音頭により一同大声で「佐藤訪米反対」、「蒋経国来日反対」、「毛沢東思想万歳」などのシュプレヒコールをし、その間、被告人らは、「首相の訪米を断固阻止しよう。」とか、「蒋経国の来日に反対する。」などの演説を行い、その後、同日午後三時四分ころ、被告人坂田の「これから行動を開始する。」という宣言により、これに呼応した右約三〇〇名の中の一部の者らは、直ちに同ロビー北側中央案内所の前付近で西方を向きながら横に五、六列、縦に十数列並び、先頭部分の者らはスクラムを組んで直ちに走り出すとともに直ぐに向きを変え、ロビーを半周するような形でロビーの南東角にある職員通路の方へ向かい、その他の者らも、大半がこれに続き、その際「わっしょい、わっしょい」とか「訪米阻止」などと掛声をかける者があり、ついでこれらの一団は、あっという間に右職員通路を駆けぬけ、途中の階段を降りて一階階段脇にあるレストラン「オアシス」前付近に至り、そこで待機の警察官に行く手を阻止されるや、暫らくこれと対峙して小競い合いをくりかえし、結局規制されるにいたったというのであり、原判決は、この事実関係につき、被告人両名の指導した本件集団の行動が昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下「本条例」という。)一条に違反してなされた無許可の集団示威運動に当たることは、証拠上これを否定することができないとしている。

そして、更に原判決は、本件が処罰すべきものか否かの点につき、「たとえ無許可の集団示威運動を指導したとしても、そこに公共の安寧に対する直接且つ明白な危険がなく、可罰的な違法性が認められない限り、その者に対しては、敢えて右のような重い刑罰を以つて臨むべきものではないものといわなければならない。同条例が、指導者などを体刑を含む重い刑罰で処罰することによつて鎮圧しようとする無許可の集団示威運動とは、可罰的違法性の明確たるものであることを要するものというべきである。」との基本的見解を示し、本件におけるように空港ビルのロビー内での無許可の集団示威運動を指導したという事案につき起訴された前例がないこと、本件と同一場所で行われたこれまでの幾度かの集団による示威運動にくらべ本件が特に激烈かつ悪質であつたと推認される証拠がないこと、本件行動の態様、その結果からみれば、本件集団の行動は集団示威運動としては、むしろ比較的に犯情の軽微なものであつた部類に属し、そこに公共の安寧に対する直接かつ明白な危険があつたものとは考えられないことなどを主な理由として、本件においては集団示威運動の可罰的な違法性が未だ明確であつたとはいえない、としている。

ところで、本条例の対象とする集団示威運動等の集団行動は、表現の一態様として憲法上保障されるべき要素を有するのであるが、他面、それは、単なる言論、出版等によるものと異なり、多数人の身体的行動を伴うものであつて、多数人の集合体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持されていることを特徴とし、時には本来秩序正しく平穏に行われるべき表現の自由の行使の範囲を逸脱し、地域の平穏を乱し暴力に発展する危険を内包しているものであるから、かかる危険に対処し法と秩序を維持するため、本条例のように許可を原則とし不許可の場合が厳格に限定された集団行動の許可制を設けても、なんら憲法に違反するものでないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和三五年(あ)第一一二号同年七月二〇日大法廷判決・刑集一四巻九号一二四三頁)。

このように、集団行動に対する許可制が是認されるものである以上、これに違反して敢行された無許可の集団行動は、単に許可申請手続をしなかつたという点で形式上違法であるにとどまらず、集団行動に内包する前叙のような特質にかんがみ、公共の利益保護の必要上、これに対し地方公共団体のとるべき事前の対応措置の機会を奪い、公共の安寧と秩序を妨げる危険を新たに招来させる点で、それ自体実質的違法性を有するものと解すべきことは、当裁判所の前記判例の趣旨に徴して明らかである(なお、最高裁昭和四〇年(あ)第一〇五〇号同四一年三月三日第一小法廷判決・刑集二〇巻三号五七頁参照)。

そうすると、被告人らの指導した本件無許可の集団示威運動はそれ自体なんら実質的違法性を欠くものではないのに、原判決が、「たとえ無許可の集団示威運動を指導したとしても、そこに公共の安寧に対する直接且明白な危険がなく、可罰的な違法性が認められない限り、その者に対しては敢えて右のような重い刑罰を以て臨むべきではない」との解釈を前提として、被告人らが本件無許可の集団示威運動を指導した点につき、本条例五条の構成要件を欠くとしたのは、本条例一条、五条の解釈適用を誤ったものというべく、原判決の右違法は、判決に影響を及ぼし、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官小川信雄は退官のため評議に関与しない。

(大塚喜一郎 岡原昌男 吉田豊)

検察官大澤一郎の上告趣意<省略>

弁護人大野正男、同黒田寿男、同荒井金雄、同鈴木栄二郎、同飯田孝朗、同淵上貫之、同大橋堅固、同山上益朗、同山川洋一郎、同金谷鞆弘の答弁<省略>

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